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管理人のhiyayakkoの日々の徒然日記。

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R.I.P

前の日記でノーテンキに、涼しくなったことを喜んでいたのですが、

 

その翌日から大変な日々となりまして、すっかり間が開いてしまいました。

 

 

日記の翌日、

いつものように、敷地内に同居しているオッキナ・オネータマに声掛けをしに姉宅を訪れたところ、

「ちょっと体調がいまいちだわ」とのことで、

血圧やらお熱やら脈拍やらを測ってみたところ。。。

やや気になる!

 

ということで、いつもお世話になっているクリニックに。

大分苦労をして車で連れていって。オッキナ・オネータマ、年齢だけでなく体躯も私より大分立派!支えるのもなかなか大変。

 

あれこれあって、

「入院」ということになり。

そのまま、私が同乗して、救急車で入院となりました。

 

病院で、姪とバトンタッチして私は帰宅。

心配ではありましたが、入院してもらったことで、ちょっとほっとしていました。

 

翌、早朝、姪からの電話。

危篤とのこと。

そして、そのまま帰天。

 

 

四人姉妹の一番上のオッキナ・オネータマは、私より15も歳が上なので、

小さなころは、私にとっては殆ど母親のような存在でした。が、二人ともが高齢になってきて、最近は何となく、歳の上下が逆転してきたような感じでした。

 

コロナ禍になってからは、私も時間がたっぷりあったので、毎日数回顔を見に行ったり、

余分に作ったお惣菜やお菓子などを届けたり。。。何気ないお喋りをちょっとしたり。

コロナのおかげで、以前よりずっと濃密な時間を姉と過ごしていたように思います。

 

体調が良くなくなった月曜の前日の夕方には、

たまたま!ですが、我が家の夕食を少しずつ取り分けて、プレゼント。

私達姉妹は、仲は良いけれど、それぞれに仕事があったりして、また、同じ敷地内に住んでいることからも、いつも割合距離を持った暮らしをしていました。

そんなことから、珍しく届けた夕食でした。

早速お箸を取った姉の様子を、姪たちに送ってあげようと、いつもはそんな写真を撮ったりしないのですが、パシャ!と撮影。

 

食器を下げに行ったとき、これまた珍しく、(あまりそういう表現をするタイプの姉ではないのですが)

「美味しかったわ。。。全部いただいたわよ。嬉しかった、、、有難う!」と言ってくれました。

姉のそんな言葉が私も嬉しくて。「こちらこそ!喜んでもらえて、私もとっても嬉しい。」と。

 

姉にとって、それが「最後の晩餐?」

お膳を前にして撮った写真が、元気な姉の「最後の一枚?」

 

後になって、

何かこれは不思議な神様の計らいだった。。。と。

 

 

 

 

 

週末にご葬儀をすませました。

 

(子供達が選んでご会葬の皆様にお配りしたエド・シーランの「Supermarket Flowers」の歌詞。

美しい歌詞です。是非。)

 

私達が、昔、母のことをGod Motherと呼んでいたのに似て、

姉は、大家族の中でまさにBig Sister でした。

 

母存命の頃は、母を太陽のように沢山のメンバーの家族が周りを取り巻き、

母亡き後は、姉がそれを引き継いでいたように思います。

そんなスタイルの大家族は、もうとても稀少になっていると思います。

「中心」を失った大家族。。。

 

私の母に続き、姉という求心力の強い存在が失われたことを、今深く感じています。

 

 

 

ご葬儀でお配りした御絵を、ちびひやが美しく撮影してくれました。

 

御絵の裏には、亡父が、姉が産まれた折に作った 

「父となりしか 蜥蜴とともに 立ち止まる」の句。

 

命自体の不思議さと、その命が引き継がれていく、また別の不思議。

亡父から姉へ、、、そして、姉からその子供達へ、そして、さらにその子供達へ。。。

 

末っ子として、ずっとオッキナ・オネータマを「下から見上げて」いたのですが、

オネータマ、、、天国へ行ってしまいました。

私の見上げる先は、、、、

 

抜けるような碧空。

 

 

 

「また会う日まで また会う日まで」

 

 

 

 

 

- | 20:59 | comments(1) | -
COMMENT
突然の召天で、まだ実感がないかと。素敵な姉妹、ご家族だったのですね。草田男さんの、俳句が染み入りました。慰めのことばが見つからず、しかし立派な召され方でしたね。秋の突然の訪れが、喪失感を増させているかと。ご一家の上に上からの慰めがありますよう祈ります。
| Yoshiko M. Okano | 2020/09/30 10:07 |

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