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Red Fortから、その後。

今日は暑かったですね〜。

いよいよ、作品展も数日後になってきました。

本日、最後の展示作品がスタジオに届き、これにて全ての準備が整いました。

明日、2トントラックが荷物を受け取りに来るので、スタジオから作品、備品、什器などが全て運び出されます。

 

さて、、、

 

午前中に訪れたRed Fort。

 

その続きです。

 

 

日本と同じく、有名な観光地のまわりには沢山の屋台が。

 

こちら、レッド・フォートの門前の屋台です。

 

一枚目のお店は、焼き菓子のようなものを売っていました。スナック?かな。

 

下の4枚は、ビリヤニ(ピラフみたいなご飯)、チャパティ、そして、私の大好きなプーリを売っているお店。

こちらは、軽食っていう感じですね。プーリやチャパティは、左下のおじさんがやっているように、手の平の上でパタパタパタ、、、、とやって薄く平らにして。それを鉄板で油を使わずに焼くとチャパティ。その生地を、油の中に浮かせて、上からジャージャーと油を掛けながら調理すると、プーリ。そりゃ、見事に風船のように膨らむんですよ。(割合簡単にできますので、是非、お試しください!)美味しいですよぉ〜〜〜!ニッコリ!

 

食べてみたかったのですが、、、

ここから、お昼を頂くレストランに行くところなので、、、断念!

 

 

オールド・デリーにあるレッド・フォートから、

オールド・デリーの古い町並みを抜けて、ニュー・デリーへと向かいます。

 

その途中、バスの窓から必死に撮った写真です。

道端の縁石、、、こういうところには、あまり気がいかない、、、のか。たいした問題ではないのか。。。

 

細い、ちょっと暗い路地。

上には、ぐちゃぐちゃに張られた電線、無造作に止められている沢山のバイク。

右の写真は、人々の服装からみて、イスラム系の人たちの住んでいる地区でしょう。

 

そして、下の一枚。

 

大通りに面した歩道に、ただ座っている高齢の女性。(昔風に言えば、お乞食さん。)

たまたま、この位置で渋滞だったのでバスが停まっていたので、しばらく様子を見ていました。

何人もの人が彼女の前を通り過ぎていきました。人が通ると、彼女は物乞いの仕草をします。

いかにもお金持ち風な身なりのよい人達、まるで彼女がそこに居ないかのように急ぎ足で過ぎていきます。

インドでは、ほぼ全員がモバイルフォンを持っているのですが、それで例のように喋って歩いて行ってしまう人も。

 

ところが、大きな荷物を自転車に積んだ(これも例のように!)ビーチサンダルを履いたかなりお年寄りの人、

自転車を停めて、何やら彼女に声をかけて、何かを渡していました。

自転車が過ぎてからも、この座った女性はずっと顔の前で「ナマステ!」の動作をして見送っていました。

 

「持てる者が、持たざる者に、、、」ではなく、「持たざる者が、より持たざる者に分け与える、、、」を、まさに、この目で見た瞬間でした。

 

インドでは、確かにこういう物乞いの人が本当に多いです。

赤ちゃんを抱えて、いかにも気の毒そうな風情で寄ってくる若い女性もいます。

不自由な身体を、見世物のようにして物乞いをする、、、

身体の不自由なお父さんを連れて、物乞いをする子供。。。

 

観光客に向かってそういうバクシーシ(施し)を求めてくる場合は、こちらは無視しますが。。。

でも、やはり何とも複雑な気持ちになりました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ニュー・デリーは、イギリスが統治していた時代に、もともとのデリーの街の外側に計画的に作った街です。

ラジヴ・チョウクという円形の中心を持ち、その周りに放射状にまっすぐ道が作られています。イギリス式の交差点・round-about(全ての車が左に回って、行きたい方向へ出て行く)になっています。

 

この辺りは、いわゆる租界なわけです。

並んでいる家々も、素晴らしいコロニアル様式の建物が、広々とした敷地に建っています。

 

 

道路を区切るスペースは、整然と整えられた緑地帯。

 

そして、

 

 

頑丈なゲイトで区切られた敷地の中に、大きな家が何軒も。

ゲイトには、ガードもいます。

 

インドのハゲ(ご本人は、学校の寮ですが)の家があったのもまさにこの辺りのディフェンス・コロニーという地区だそうです。

この地区には、そのこの住人だけがお買いものをするショッピングエリアまであるとのこと。

インドのハゲの家でも、ドライヴァーが二人、メイドさんが数人、コックさん、ガーデナー、プールの管理をする人、、、と何人もの使用人が居たとのことです。(それが、インドの人達の仕事になるので、雇わなければならない、のだとか。)

 

そいういう租界で生活をしていたら、インドの生の暮らしを感じることはできないのでしょう。。。

インドのハゲも、カトリック教会が運営するイギリス式のパブリック・スクールに居たわけですから、それほどリアルに「インド!」の暮らしをしていた訳ではないようです。話しを聞くと、かなりイギリス風な生活だったようです。体育の時間には、クリケットやグラウンド・ホッケーをやったり、夕方にはティーの時間があったり、ね。

それでも、ドーミトリーの同室だった友人たちとの暮らしで、それなりに少年として、色々と体験したようです。

 

先のお乞食さんのことの後、

この租界の、あまりにも差のある様子を見ながら、、、妙に気持ちが沈んでいったのでした。(頭に浮かんでくるのは、ガンジーやマザー・テレサ、、、)

 

しかし、、、、これが、インドなのだ、、、

と気持ちを切り替えて、、、

 

お昼を頂く、モティ・マハールへ。

 

 

ここは、ムガール料理の老舗。

タンドール料理の発祥のお店です。

 

人気店、ということで、相当混んでいましたね。

 

美味しい美味しい、、、タンドーリ・チキンやシークカバブ。そして、日本では見ない、紫玉ねぎ、一個丸まるのアチャール。

シークカバブ、かな〜〜り辛かったです。

ご一緒のメンバーの面々は、ほぼ全員が、途中でむせてしまって、御残ししていましたね〜〜〜、勿体ない!!!

我ら二人は、ひたすら「おいしぃ〜〜〜!」を連発して、完食ぅ〜!皆様の御残し、、、頂きたかったぐらい。

 

お腹も一杯、、、になって、

さて、、、

最後の訪問地へ向かいます。

 

 

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